どうするの?

そう言われた時、何の事なのかしっかり理解することも歯車という言葉も、

よく分からなかったけど、私の中の何かが強く反応していた。

まるでその言葉を、ずっと待っていたかのように・・・。

私は、一体何だというのだろう・・。

 

第十九章 〜さしのべられた手〜

 

「どうするって・・・。」

ルカは困惑を隠せない表情で目の前の少女、レオナを見つめた。

少女の瞳は冷たい色を浮かべている。

この瞳が怖い・・素直にそう思った。

「レオナ・・彼女は何も知らない・・。」

少女の隣の金髪の少年、クロードが彼女に言う。

「君は・・」

「自分が命を狙われていること・・貴方は知ってた?」

クロードの言葉を遮りレオナが口を開く。

抑揚のない、冷たい口調で。

「はい・・。」

それを聞き、ルカは俯く。

知ってた。

理由は知らないけど、自分を、十字架の痣を持っている人物を狙っていることを・・。

「そう・・・原因も知ってる?」

「十字架の痣・・ですよね。知ってます。」

そう言ってルカは服の上から自分の鎖骨の部分を押さえる。

「その痣、何を意味するのか貴方は知らない。幸せ・・・。」

「?」

レオナの言葉にルカは戸惑い、彼女を見つめる。

彼女は不意に切なそうな表情を見せると視線を下に移した。

しかし、すぐに息を吐いて顔を上げる。

「でも、知らなきゃいけない・・・。」

「え・・?」

少女の言っていることの意味が上手く呑み込めず、ルカは言葉が出なかった。

「歯車だから・・・。」

あの時、黒装束の兵士が言っていたその言葉をルカはもう一度聞いた。

 

歯車・・・。

 

「もし、聞きたいなら話す。歯車とは何なのか・・・そして貴方はこれからどうしなければいけないのか・・。」

 

ルカは一瞬迷った。

ここで彼女の話を聞いてしまったら、もう今までの生活には戻れない気がしたから。

でも、さっき魔物に襲われたのはルカが「歯車」だったからだという。

どうやら・・・この言葉からは逃げられないような気がした。

 

 

 

 

 

 

人々の負の感情から生まれてしまった邪気。それを統べる存在、ZERO。

そしてZEROを止める存在である「歯車」。

ZEROを止めない限り、人間は消滅してしまう・・・。

目の前の少女が語ったそれは信じられない話ばかりだったが、

ルカの中のどこかがそれを受け止めている・・そんな感じであった。

驚いた。確かに驚いたのだ・・・。

まるで夢物語のような話だったから。

しかし心のどこかで、それを素直に納得している自分がいた。

ルカはそんな自分が恐ろしくなって胸元を握り締める。

 

「リョウも・・歯車なんですね・・・。」

痣を持つ人物をを探して旅をしている、そう言って笑った黒髪の少年が脳裏に蘇る。

後悔はしたくない・・そう言った、あの少年。

「そう・・そして貴方も歯車。ZEROを止める歯車の存在。」

レオナがルカを真っ直ぐに見て言う。

「でも・・私は無理して一緒に行く必要はないと思う・・。」

ルカはその言葉に驚いて目の前の少女を見た。

少女の隣にいたクロードも彼女に目をやる。

「怖いなら。」

ルカの心臓がドクンと脈打った。

自分の気持ちが読まれてしまったようで、ルカは下へと視線を移す。

そうだ・・怖い。

旅をしたらZEROの刺客と真っ向から戦うかもしれないのだ。

ZEROにとっては自分たちは邪魔な存在でしかない。

死ぬかもしれないのだ・・怖い。

「私は、貴方を歯車として連れていこうと思ってるわけじゃないから。

ただ、理由も分からずに狙われていたら、貴方だって不安だし、不気味に思うんじゃないかと思って。」

恐らくその言葉に嘘はない。

隣のクロードが何か言おうとしたが彼女の表情を見てそれを止めた。

「それに、自分の役割は知っておいた方がいいでしょうし。」

ルカは少女の表情に魅入る。

今にも消えてなくなってしまいそうな、儚げな表情。

彼女は目を伏せた。

 

「私は・・・世界も何もかも、全て消えてなくなってしまったらいいのに・・・そう何度も思ったから。」

だから、動かなかった。

今までずっと・・。

自分には相手に立ち上がれ、動けなど言える資格はないのだ。

ZEROを止め、世界を救おうとしている者たちに対して。

たとえそれが、今怖がって動けない者に対してだとしても。

クロードの言葉を聞いて、自分も行かねばと思ったことは事実だ。

だから動き始めたし、リョウたちと合流せねばと今、こうして旅をしていることも事実。

しかし、自分は願ってしまったのだ。

「全て消えてなくなってしまえばいい」と。

7年前のあの出来事以来、何度それを願ったことだろう・・・。

世界のために動いてる者に対し、かつて世界の消滅を願った自分がどうして動けなど言えるだろう。

レオナの表情を、隣のクロードが悲しそうな瞳で見つめていた。

 

「で、でも・・・私が行かなければ、ZEROは・・・止められないんですよね?

世界は・・・人間は・・・消滅してしまうんですよね?」

震える声が聞こえ、レオナは目の前の蒼髪の少女に視線を移した。

「大好きな皆は・・・いなくなってしまうんですよね?」

自分を家族だと言ってくれた団長。

いつも行動を共にしていた、気が強いけど優しいあの金髪の少女。

ルカは絶対に殺させないと声高々に叫んだ団員の皆。

行く先々で自分たちに優しくしてくれた町や村の人々・・・。

暖かい声、優しい表情、包み込むような愛情・・・

それらを惜しみなく与えてくれた人々がいなくなってしまうなんて嫌だ。

「でも、怖いんでしょ?」

少女が問う。

怖い。

今でも怖い。

でも大好きな人々が消えてしまう・・それも怖い。

『今、自分がやらなくてはいけないことを、自分なりに精一杯やる。悔いが残らないように・・』

そう言って自分に笑いかけた黒髪の少年の言葉を思い出す。

彼も・・怖いと言っていた。

みんな・・怖いのだ。

自分だけではない。きっと、皆・・。

「怖い・・です。でも、私、大好きな人達が消えてしまうのも怖いです。

どっちにしても怖い思いをするのなら私、

今、自分がやらなくてはいけないことを自分なりに精一杯やります。

悔いが・・残らないように・・・。」

瞳が変わった・・レオナはそう言って自分を見つめる少女を見てそう思った。

あの少年、リョウが何か言ったか・・。

「私に出来ること・・・あるかどうか分かりませんけど。」

「あるわ。」

ルカの言葉に対し、レオナは即答する。

「ど、どうして・・分かるんですか?」

戸惑って問うルカに背を向け、レオナは空を見上げる。

星は多くは出ていない。

でも確かに小さくても強い光を放つ星が空に瞬いていた。

 

「私は、レオナ・スタルウッドだから。」

 

 

少女の言葉に首を傾げつつルカも空を見上げる。

 

『遠い暗い星空を見上げて、貴方はどこに進むのでしょう。

 

数々の時の歴史、貴方はどこまで知っているのでしょう。

 

いつか、この世界が暗く閉ざされてしまっても、どうか貴方は暗闇に輝く一つの星となりますように・・・。』

 

 

彼女は歌の歌詞を呟く。

旅が終わる頃、もっと素敵な舞を舞えるようにと願いを込めて・・・。

 

 

 

 

第十九章 〜さしのべられた手〜  Fin